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お子さんの進路を考える保護者の皆さまへ
通信制高校について、少しお話しさせていただきたいと思います。
以前は「特別な事情のあるお子さんが通う学校」というイメージが強かった通信制高校ですが、今では10人に1人のお子さんが通う時代になりました。文部科学省の最新データでは、通信制課程で学ぶお子さんは20万人を超え、年々増え続けています。
教育の選択肢が増えることは、もちろん良いことです。でも、その一方で保護者の皆さまに知っておいていただきたい課題もあります。「こんなはずじゃなかった」と後で困ることがないよう、通信制高校が抱える構造的な問題についてお話しします。

通信制高校の卒業は、決してゴールではありません。
文科省の調査によると、通信制高校を卒業したお子さんのうち、進学も就職もしていない「その他」の進路を選ぶ割合が4割を超えています。全日制高校では17%にとどまるのに対し、通信制では28%と大きな差があります。
つまり、「卒業したその先」が見えにくいことが、通信制高校の大きなリスクの一つなのです。特に就職支援や大学進学のサポート体制が整っていない学校では、お子さんが卒業と同時に進路に迷ってしまう可能性があります。

もう一つ気になるのが「退学率」の問題です。
通信制高校では、学習へのやる気を保つことの難しさや、人間関係の問題、心の不調といった理由から、年間7〜9%のお子さんが退学しています。これは全日制高校の2〜3倍の数字です。
公立・私立を問わず、退学の大きな原因は「個別のサポートが足りない」ことにあります。お子さんの学習状況や生活リズムを把握する仕組みが不十分で、一人で悩んでいるうちに退学を選ばざるを得なくなるケースが少なくありません。

通信制高校のもう一つの課題は、先生一人が担当するお子さんの数の多さです。
文部科学省の目安では「先生1人につき生徒80人」とされていますが、実際はそれを大きく上回り、150人を担当している例もあります。
当然、一人ひとりのお子さんに合わせた学習サポートや生活指導は難しくなります。結果として、「お子さんが自分で頑張れること」が前提となり、困っているお子さんほど見過ごされやすい状況が生まれています。

通信制高校では担任制度が形だけのものになっているか、そもそも存在しないケースもあります。
お子さんは先生を選べないどころか、十分な関係を築く機会すらないことも多いのです。
文科省の調査によると、不登校の原因の約20%が「先生との関係」に起因しているそうです。信頼できる大人の存在が教育の基盤であるにもかかわらず、それが保証されていないのは深刻な問題です。
また、通信制高校の急速な増加に対し、先生の確保が追いついておらず、質の確保も難しくなっているのが現実です。

最後にお伝えしたいのは、「合格実績のカラクリ」です。
一部の通信制高校では、塾や予備校のサポートを受けて進学したお子さんの実績を、まるで学校だけの成果のように宣伝しています。
これにより、ご家庭は思わぬ追加出費(年間50〜100万円)を強いられる可能性があります。高校選びの際は、「進路サポートが学校内で完結しているか」「推薦入試やAO入試の対策支援があるか」をしっかり確認することが大切です。
このように、通信制高校には制度上・構造上の課題が多く存在します。しかし、これは「通信制高校はダメ」ということではありません。むしろ大切なのは、「どの通信制高校を選ぶか」という”選ぶ力”なのです。
お子さん一人ひとりに寄り添ってくれる学校、進路サポートが具体的で実践的な学校、先生との距離が近い学校——そうした「本当にお子さんを育ててくれる学校」は、確かに存在します。
たとえば、週1回の個別面談、先生1人につき生徒25人の体制、海外大学の指定校推薦枠を持つ進路支援などを整えている学校も出てきています。これらは、「ただ卒業するだけ」ではなく「その先を見据えた学び」を実現しようとしています。
10人に1人が通う時代だからこそ、通信制高校は”特別な選択肢”ではなくなりました。
しかし、選択肢が広がるということは、選び方の重要性が増すということでもあります。
表面的な自由や楽しさだけではなく、その学校が「卒業後の未来」まで本気で考えているか。その一点にこそ、通信制高校選びの核心があります。お子さんの未来を支える教育の質は、誰かが決めるのではなく、選ぶ私たち一人ひとりに委ねられているのです。