過去の理想に縛られ苦しんだあの日と青楓館で見つけた「今の自分で走る楽しさ」
①高校進学後にぶつかった挫折
中学時代の3年間、僕は陸上競技で県大会優勝、近畿大会3位、全国大会3度出場を経験し、150mでは兵庫県中学記録を更新しました。さらに、兵庫県代表として国立競技場で行われたU16都道府県対抗リレーにも出場し、5位入賞を果たすなど、トップレベルで走り続けていました。
その一方で、「勝つのが当たり前」「結果を出せる自分こそが理想の自分」という考えが強く、結果を出し続けなければならないというプレッシャーも感じていました。
しかし、中学2年生頃から体調不良や度重なる怪我に悩まされ、思うように走れない時期が続きました。結果も徐々に出なくなりましたが、ライバルたちからの温かい言葉に救われ、少しずつ走る楽しさを取り戻すことができました。
「高校でもう一度、トップ選手を目指したい。」
そう決意した僕は、インターハイでの活躍を目指し、全日制の陸上強豪校へ進学しました。
しかし、高校1年生の初め、再び怪我と体調不良に見舞われました。思うように練習できず、インターハイという目標も遠ざかっていきました。
「インターハイを目指せない。」
それは、僕にとって大きな挫折でした。中学時代と同じ苦しさが繰り返され、「結果を出せない自分」を受け入れることもできませんでした。
次第に学校にも通えなくなり、「自分はこれから何を目指せばいいのか」「自分には何ができるのか」さえ分からなくなっていました。
そんな中、僕は「もう一度、自分が前を向ける場所を探したい」と思うようになりました。
そこで出会ったのが、青楓館高等学院でした。
もう一度、自分の人生を前に進めるために、僕は青楓館への転校を決意しました
② 彼を変えた「PBL(課題解決型学習)」と仲間との出会い
転校直後の僕の心境を大きく変えたのは、青楓館の強みであるPBLでした。
それまでは「走ること」だけが自分の存在価値だと思い込んでいた僕ですが、青楓館に入り、PBLで切磋琢磨する仲間とのつながりが生まれ、さらに先輩たちとの関係が大きく広がっていきました。この経験が、「陸上だけが自分の人生の全てじゃないんだ」と、狭くなっていた視野を広げてくれる大きなきっかけとなったのです。
視野が広がった僕は、陸上以外のことにも興味が湧き、挑戦する面白さに目覚めました。現在では、学校内の「起業部」「AI部」といった様々な活動に自ら積極的に飛び込み、活動の幅を大きく広げています。陸上選手としてだけでなく、一人の高校生として、青楓館の多彩なPBL活動を全力で満喫しています。


③ 「通信制高校でも、スポーツは極められる」——掴み取った全国1位!
「通信制高校に入ったら、大好きな陸上は続けられないのではないか」転校前、僕はそんな不安を抱いていましたが、それは大きな間違いでした。
マインドが変わり、走ることを純粋に楽しめるようになった結果、高校生になった僕の陸上パフォーマンスは再び輝き出しました。
なんと定時制通信制で3種目全国出場、そのうち一種目1位、二種目3位という圧倒的な実績を達成することができたのです !
「Mくんがいたから強くなれた」と周りから認めてもらえるほど、お互いを高め合える関係性の中で、通信制でもスポーツを極められることを身をもって証明できました。

④ 青楓館での日々。そして、世界(留学)へ
青楓館の温かい「承認・称賛」の文化は、僕に陸上やPBL以外の新しい挑戦への勇気もくれました。先輩の留学報告会に刺激を受け、「自分に海外なんて行けるわけない」というこれまでの思い込みを捨てて、トビタテ!留学JAPANへ応募。見事合格を掴み取り、3週間のニュージーランド留学を控えています!
かつて過去の理想やプライドに縛られて立ち止まっていた僕はもういません。 青楓館の仲間や先生に支えられ、PBLや陸上で「挑戦する楽しさ」を知った僕は、これからも「今の自分」で世界へ、そして未来へと走り続けます!


