枠に合わせられなかった僕が、会社を立ち上げるまで。青楓館で知った「環境」の力
①入学する前、一番しんどかった時期
小学4年から中学卒業まで不登校でした。行けない理由を自分でも説明できず、枠に合わせられないのは自分が悪いんだと思っていました。担任に相談しても変わらないので、そのうち相談すること自体をやめました。一番しんどかったのは、毎日が何も生まないことです。同級生が積み上げていく間、自分は何一つ形にしていない。将来を考えては、考えても仕方ないと止める、その繰り返しでした。
②顔を上げたきっかけ
青楓館に入って変わったのは、時間を自分で決められるようになったことです。
決定的だったのはAI部で、AIを使えばコードを書けない自分でも作る側に立てると知りました。
防災AIで地域の高校と合同PBLを組み、AI講座では自分が講師をやりました。そこで顧問だったAI企業の代表から名指しでインターンに誘われたことが大きかったです。誰かが自分を見ていて機会をくれる。あの一回がなければ今はありません。僕を変えたのは能力ではなく環境でした。


③今の情熱と、これから
今年は自分で会社を立ち上げ、2回の外部登壇を経験しました。
今いちばん楽しいのは開発です。これまではずっと個人開発で、自分が作れる範囲が自分の限界でした。それが人と組んで作るようになって、任せられる部分が増えた分だけ作れるものが大きくなり、出せる成果も変わってきた実感があります。一人でやっていた頃には届かなかったところまで行ける、そこが今は一番おもしろいです。
これからやりたいのは教育政策の設計です。
今の起業家教育は手を挙げた学校にしか届きません。今目指している大学で、挑戦が生まれる空間と中高6年のカリキュラムを研究し、政策として届けたい。僕は偶然に助けられて踏み出せました。今度はその機会を、制度として全員に届けたいです。



