「もう飲み会はいいかな」。誘いを断るとき、本当に行きたくないとは限りません。気を使う相手のこと、会話が途切れたときの間、どっと来る帰り道の疲れ。そういうものを先に想像して、「いいや」に着地することがあります。
大人の「いらない」には、欲しくないからではなく、そこまでのあれこれを考えると割に合わないから、という計算が入っていることがあります。言葉と本心はいつも一致しているわけではありません。
「友達もいらない」「学校も別に行きたくない」。
子どものその言葉はどう聞くのがいいのか。今日は、そんなお話です。
「いらない」は結論ではない
飲み会だけではありません。うまくいかなかった直後の「もう恋なんてしない」。疲れているときの「別に評価なんかどうでもいい」。人はほんとうは欲しいものを「いらない」と言うことがあります。欲しいと認めてしまうと、手に入らなかったときに傷つくから。
イソップ寓話の狐は、跳んでも届かなかった葡萄を「どうせ酸っぱい」と言って立ち去りました。二千年以上前から、人は欲しくて手に入らないものを「いらないもの」に描き替えて心を守ってきました。心理学で合理化と呼ばれるごく普通の防衛です。
「いらない」は望みの報告ではなく、傷つかないための防御であることがあります。大人だって、自分ではよくやることです。ただ、我が子の口から聞くと、なぜか字面どおりに受け取ってしまうのです。

「友達もいらない」と言う子も絶対に欲しい
不登校の子どもたちと日々話してきた青楓館高等学院は、こう見ています。子どもたちは学校に行きたくないわけではない。むしろ、「普通じゃない」ことに劣等感やコンプレックスを持っていることも多い。できればキラキラした青春を過ごしたいし、「普通」になりたい。そう思っている。
「友達はいらない」と言っている子も、本心では欲しい。友達も欲しいし、学校にも行きたい。一つの学校の実感にすぎないと言われればそのとおりかもしれません。でも、全国の数字でも同じような傾向は見えています。
行きたくないのではなく、行きたいのに行けない。いらないのではなく、欲しいのに、欲しいと言えない。
表に出る言葉と心の根っこは、反対を向いていることがあるのです。
休んでいる間も7割は同級生の目を気にしている
文部科学省が、前の年度に不登校だった小学6年生と中学2年生、あわせて約2000人に、本人の気持ちを直接尋ねた調査があります。学校を休んでいる間、「ほっとした・楽な気持ちだった」と答えた子は、小学生で70%、中学生で69%にのぼりました。*1
ここだけを見ると、本人は何も気にしていないように見えます。けれど同じ調査で、同じ子どもたちがこう答えています。「勉強の遅れに対する不安があった」が、中学生で74%。「進路・進学に対する不安があった」が69%。そして、「学校の同級生などがどう思っているか不安だった」が72%です。
ほっとしながら、不安でたまらない。休んでいる子の中では、この両方が同時に起きています。友達がどうでもいいのなら、同級生の目を気にする理由がありません。72%という数字は、「いらない」の内側で欲しい気持ちが生きていることの証拠です。

「何もいらない」に行き着くまでに起きていること
では、欲しいのになぜ「いらない」になるのか。子どもたちは考えているからです。「学校に行ったら、こうだよな」「友達を作っても、こうだよな」。行った先のことや作ったあとのことを先まで考えてしまって、「何もいらない」と心を閉ざす。それだけのことです。
飲み会を断るときのあの計算と、同じ形です。断っても来月また誘われる大人と違って、子どもにとって学校や友達は、失敗したらあとがないように見えている。だから計算は大人より重く、「いらない」は大人より固くなります。
脳の研究では、仲間外れにされたときの痛みが、体の痛みと同じ場所で処理されることが示されています(アイゼンバーガーらの実験)。*2 友達関係で傷つくというのは比喩ではなく、実際に痛いのです。痛いと分かっているものに近づかないのは臆病ではなく、まっとうな防御です。
「何もいらない」は欲しいものがない状態ではなく、考えすぎて動けなくなっている状態です。無気力に見えるものの中身はむしろ考えすぎの現れです。

字面ではなく根っこを聞く
「友達もいらないと言うから、この子は社交性がないんだ」。そう結論づけてしまうと、そこで話が終わってしまいます。我が子の言葉だから真に受けてしまう。それは自然なことです。ただ、真に受けた先にあるのはあきらめだけなのではないでしょうか。
青楓館が、ゆるいイベントで入口を並べて接点をつくり続けているのも、この理屈の上にあります。防御は説得ではこじ開けられません。怖がって固く閉ざした心は、安全だと分かったときに内側から緩むものだからです。だから正面から開けようとせず、欲しい気持ちが安全に顔を出せる場を用意して待つ。防御の性質から考えれば、そういう手順になります。
「いらない」を聞いたら、結論ではなく防御として聞くこと。言い返す必要も、説得する必要もありません。あなたが「もう飲み会はいいかな」と言うとき、本当は全部を締め出したいわけではないのと同じです。
欲しい気持ちはなくなっていません。防御の内側に確かにあります。
参考文献
*1: 文部科学省|令和2年度 不登校児童生徒の実態調査 結果の概要
*2: Eisenberger, N. I., Lieberman, M. D. and Williams, K. D.(Science, 2003)|社会的な痛みと体の痛みに関するfMRI研究(Does Rejection Hurt)



