体調の悪い日を、想像してみてください。熱があって、節々が痛い。こんなことをしている場合ではないけれど、まずこれをなんとかしないと、と思っている。
そこへ家族が、看病ではなく、リスキリングの手順書と社会人向けの英語教材を持ってきたら、どんな気持ちになるでしょうか。善意なのは分かる。いつか役に立つことも分かる。でも、いまではない。まず熱を下げさせてほしい、と思うはずです。
学校に行けない子どもに「学校に行こう」「せめて勉強だけでも」と声をかけるとき、子どもの中で起きているのは、これと同じことかもしれません。
熱がある人に、スクワットはできない
青楓館が保護者説明会で使っているたとえも、同じ形をしています。熱を出して寝込んでいる人に必要なのは、参考書ではなく、ポカリと冷えピタです。それを飛ばして「勉強しよう」と言われても、聞く気になれません。よくて生返事、続けば「あとにして」です。
赤ちゃんに「スクワット100回やれ」とは、誰も言いません。いまはできる状態にないと、ひと目で分かるからです。
できない状態の人に、できる時の要求をしても、できるはずがありません。先に、状態を整える。整ったら次の段階のことに取り組む。それだけです。つまずきの正体は、やる気ではなく、順番です。
これは、不登校が病気だと言っているわけではありません。「いまの状態」の話です。誰にだって、不調な時期はあります。

「学校に行けない」の手前で、止まっているものがある
いまの状態とは何か。青楓館が説明会で使っている整理があります。心理学の欲求段階の考え方をもとに、子どもの状態を5つの段に分けたものです。
いちばん下が体調。朝起きられない、昼夜逆転、体調不良。その上が、安心。先生が怖い、怒られるのが怖い、教室が不安。真ん中が、居場所。友達ができない、居場所がない。その上が、自信。自信がない、強みがわからない。
そしていちばん上まできてやっと、やりたいことがない、です。
この階段は、下から順にしか埋まりません。体調が整わないうちは、安心どころではない。教室が怖いままでは、友達どころではない。友達がいて、自信がついて、その先でやっと、やりたいことを考えられるようになります。
「勉強」も「学校」も「やりたいこと」も、この階段の上のほうにあります。学校に行けない子の多くは、その手前の、体調や安心のところで止まっています。だから「学校に行きなさい」は、本人にとって、いきなり最上段まで上がれという要求になっているのです。

親の悩みは、いちばん上の段に置かれている
ここで、親の心配の中身を思い出してみます。「受験はどうするの?」「勉強しなくていいの?」「やりたいことはないの?」心配だからこそでてくる言葉なのは十分わかります。わかるけれど、どれも階段のいちばん上の段の話だということはどうか、わかってほしいと思います。
子どもが止まっているのは下の段なのに、あなたの心配は最上段に置かれている。間を5つ飛ばした悩み、ということになります。
本人は、いまはできる状態にない。できないから、要求とのあいだにギャップが生まれ続けて、劣等感を感じ続けることになります。
「まだできない」のではありません。いまはできない、というだけです。悩みの中身ではなく、悩みの置き場所が、5段ほど先にあるのです。
変化は、下の段から始まる
段に合わせて進み始めても、親の心配は、すぐには晴れません。青楓館の面談で見てきた実感を、正直に書きます。子どもが変わり始めても、「大丈夫なの、心配だよ」は続きます。
理由は、変化が始まる場所にあります。最初に変わるのは、いちばん下の段です。生活が整う。先生に頼れるようになる。信頼できる仲間ができる。どれも、成績や出席日数のような、親に見える形をしていません。家で見える姿は、同じようにごはんを食べて、同じように過ごす子のままです。
変化は、下の段から、親に見えない形で始まります。学校や勉強に届くのは、いちばん最後です。

どの段で止まっているかを、まず探す
青楓館で最初にするのは、話を聞くことです。生徒との1on1を重ねて、どの段で止まっているのかを探ります。朝起きられないことで悩んでいるのか。先生や大人が怖いのか。友達がいないのか、自信が持てないのか。
見つけたら、止まっている段から手をつけます。生活習慣を整える環境をつくる。先生に慣れられる環境をつくる。一個一個、いっしょに解決していく。いきなり上の段を解決しようとはしません。止まっている段から、一段ずつです。
遠回りに見えるはずです。勉強にも受験にも、すぐには触れないのですから。けれど、この順番で進んだ子どもたちは、実際に変わっています。中学校に1日も行けなかった子が、毎日登校するようになり、いまは企業で有償のインターンをしています。大人が怖くて、話そうとすると泣いてしまっていた子が、文部科学省の留学支援プログラムに採択され、国公立大学に合格しました。朝が苦手でゲームばかりだった子は、生活習慣から整えて、ゲーム好きを入り口に、やりたいことを見つけました。
開校3年で、生徒は350人になりました。進学先には、国公立大学や関西学院大学、立命館大学、同志社大学などが並びます。どの子も、いちばん上の段から始めたわけではありません。止まっている段から、順番に埋めていっただけです。

焦らなくて、大丈夫
できることはひとつです。要求を、子どもがいま止まっている段に合わせることです。体調の段で止まっているなら、勉強の話ではなく、まず生活のこと。熱があるなら、参考書ではなく、ポカリと冷えピタです。
思い出してみてください。この子が赤ちゃんだったころは、立っただけで褒めていたはずです。歩いただけで、全力で喜んでいたはずです。あのころの親は、いま立っている段だけを見て、一段ずつ承認することができていました。赤ちゃん扱いをしろ、という話ではありません。大人のあなたにも、嫌なことがあったら、ハグしてほしいときがあるはずです。低い段にいる人に必要なものは、年齢に関係なく、同じなのです。
風邪をひいたときのことを思い出してください。熱があるうちは、休む。下がってきたら、そろりそろりと動き出す。日常に戻るのは、治ってからです。風邪で熱があるのにスクワットなんてしません。回復に順番があることを、体のことなら誰もが知っています。心も同じです。
焦らないでくださいという話でも、心配するなという話でもありません。心配は、子どもが変わり始めても、形を変えて続きます。それが普通です。焦りは持ったままでかまいません。変えるのは、要求を置く場所だけです。いちばん上の段からいったん下ろして、いま止まっている段へ。
学校の予定から数か月ずれても、大丈夫です。見えないだけで、ちゃんと成長しています。下の段が埋まれば、その上の段は、子どもが自分で上がっていきます。



