「28歳がつくった学校に、自分の大事な子どもを預けたいですか」
取材の冒頭、青楓館高等学院(兵庫県明石市・芦屋市)の代表・岡内大晟(おかうち・たいせい)さんは、こちらが少しひるむような問いを、自分自身に向けてみせました。預けたくないに決まっている、と。そう言い切ったうえで、だからこそ人の人生を預かる責任感は誰よりも強い、と続けます。
28歳で学校をつくり、不登校や発達障がいを抱えた子どもたちと向き合ってきた岡内さんが、どんな思いで、どんなふうに生徒を見ているのか。話を聞きました。会って受けた印象を一言にするなら、覚悟の人。その覚悟が、どこから来ているのかを書いていきます。
構成・取材/Flying Penguin編集部
【プロフィール】
岡内 大晟(おかうち・たいせい)
青楓館高等学院 代表。1995年生まれ、大阪府出身。関西大学 人間健康学部卒業。大学時代の教育実習において、「社会のことを何も知らない自分が、何を教えられるのだろうか」という強い違和感を抱き、教員ではなく就職の道を選択。2017年にPR会社へ入社し、400名以上の経営者へのインタビューを通じて、社会を動かすのは学校的な枠に収まらない“個性”であると確信する。その後、AO入試(現・総合型選抜)専門塾の校舎責任者として合格率100%を達成。ひとりひとりの強みを引き出す教育の可能性を確信し、28歳で青楓館高等学院を設立。開校3年で生徒数300名規模、全国2校の運営へと成長させる。「不登校・発達特性・無気力」といった多様な背景を持つ生徒ひとりひとりが、自らの個性を強みに変え、最も成長できる環境を作っている。
不安を与える側だと、分かっている
印象的だったのは、若さを強みとして売り込もうとしないことでした。むしろ、自分が保護者に不安を抱かせる側だと、岡内さん自身がはっきり自覚しています。
「28歳がつくった学校に、自分の大事な子どもを預けたいですか。預けたくないに決まっています。だからこそ、人の人生を預かっている責任は、誰よりも持っている自信があります」
学校は、その子の人生そのものを預かると言ってもいい場所です。それが、事情を抱えてここにたどり着いた子どもたちのためならなおさら。岡内さんは、その重さから目をそらしません。保護者が「28歳の若さで、本当に任せて大丈夫なのか」と抱く不安もまた、よく分かっています。
それを打ち消そうとするのではなく、まるごと受け止めたうえで、人ひとりの人生を背負うだけの責任感は誰にも負けないと言い切る。その姿勢が、最初の数分で伝わってきました。
先生ではなく、「一生追いつけない背中」でいたい
では、岡内さんは生徒にとって、どんな存在なのでしょうか。先生かと尋ねると、はっきりと否定が返ってきました。
「全然先生ではないです」
岡内さんが挙げたのは、よきロールモデルでありたい、という言葉でした。卒業していく生徒に、いつも伝えていることがあるそうです。卒業の日に「一生追いつけない背中」でいる。追いついてみせろ、でも絶対に追いつかせない。そう言い合える関係でいたい、と。
生徒との距離は近く、お兄ちゃんのような存在。先生という上下の関係ではなく、少し先を歩く大人として、背中を見せる。自分自身が成長し続けることを、教育者の仕事だと考えているのです。

青楓館は、教育の「王道」である
儲かるビジネスではないし、報われる瞬間も少ない。岡内さん自身がそう認める仕事を、なぜわざわざやるのか。その理由を、本人は「めっちゃ勝手な使命感」と表現しました。
もともと、親が教員一家。自分も先生になるのだろうと思いながら育ち、「自分だったらこういう授業をするな」という理想の先生像が、ずっと頭の中にあった。
ところが現場に出てみると、その理想と実際の教育とのあいだに、大きな隔たりがあった。なぜ、こんなに非合理なことがまかり通っているのか。その問いが、ずっと消えなかったそうです。
「社会と学校のギャップがあることをみんな分かっていて、子どものときの勉強が大人になって必要ない、ということもみんな分かっているのに、なぜ誰も変えようとしないんだろうと、ずっと思ってました」
岡内さんの出発点は、世の中で本当に必要とされている力と、学校が教えていることのあいだに、大きなずれがあるという認識です。だったら、教育の側を変えるしかない。
事情を抱えた子たちの、まだ誰にも見いだされていない能力や「好き」を掘り起こし、それを社会の中で生きる力へとつなげていく。青楓館がやろうとしているのは、そういうことです。
そして、それを本当に実現しようとすると、今の学校のやり方では合理的でない、と岡内さんは考えています。何が必要かを論理的に突き詰めていけば、自分たちの方法に行き着く。岡内さんはそれを「王道」と呼びます。
20代がつくった通信制サポート校と聞くと、奇抜で特殊な学校に見えるかもしれません。けれど岡内さんに言わせれば、自分たちは奇をてらった変わり者の集団ではない。理屈を詰めればこうなるという、まっとうな道を歩いているのです。
論理的に突き詰めれば、誰がどう考えてもこれが当たり前のはずなのに、その当たり前が、世の中ではまだ当たり前になっていない。だったら、自分がやる。岡内さんに見えるのは、確信に裏付けられた覚悟でした。
「人生終わりなわけがない」を、証明し続ける
学校をつくろうと思ったとき、頭に浮かんでいた子はいたのか。そう聞くと、岡内さんは、塾で働いていたころに出会ったひとりの生徒の話をしてくれました。
その子は、いじめられた経験から自己肯定感がどん底まで落ちていて、最初の三者面談では、母親としか口をきかず、岡内さんとは一言も話してくれなかったといいます。けれど、塾で会話を重ねるうちに、ある日その子が、こう言葉を返してきました。
「いじめられた経験って、武器に変わる瞬間があるんですね」
いじめられたからこそ、いじめられる子の気持ちが分かる。だからスクールカウンセラーになって、同じ思いをしている子に寄り添いたい……。その子はそう語ったそうです。「いじめられてよかった」と言える強さに変わった、その子のまなざし。それを見たとき、岡内さんは「このために自分は生きているんだ」と思ったそうです。
いじめられて、傷を負った。けれど、そのくらいのことで人生が終わるわけがない。その傷は、武器にすら変わる。あの生徒が、身をもってそれを示してくれました。子どもが、傷を強さに変えていく。その瞬間に立ち会うために、自分は生きている。岡内さんにとって、それは人生を懸けるに足る一瞬でした。
だから岡内さんは、確信を持って言います。「これぐらいでいいじゃん」と、子どもの可能性に蓋をすること。それだけは、許せない、と。
「不登校になったくらいで、人生が終わるわけがない。それを、綺麗事ではなく本当に実現したいんです」
大事なのは、それを言葉で言うだけでなく、結果で示しきること。その一点が、青楓館の根っこにあります。

無価値なことに、価値がある
代表という立場ながら、岡内さんは今も「起業部」の顧問として、二週間に一度、生徒たちと直接関わっています。教えているのは、起業家になるための知識ではなく、「愛され力」と「なんとかする力」です。
その起業部で、岡内さんが伝え続けてきた考えがあります。「無価値に見えることにこそ、価値がある」。世間が役に立たないと切り捨てるものの中にも、面白がり、価値を見いだせる人がいる。値打ちは、世間が決めた一つの物差しで測りきれるものではない、ということです。
この考えは、生徒たちの状況とまっすぐ重なります。学力や部活という狭い物差しではじかれ、「お前には価値がない」と言われてきたような子たち。その物差し一つで人の値打ちを決めつける世の中への反発が、岡内さんの言葉の根にあります。
その考えが生徒に根づいていると分かった、ある出来事があります。
ある日のテーマは、「変なことをやろう」。生徒たちが選んだのは、明石から梅田まで、53キロを歩くことでした。運動不足の高校生が、15時間半かけて歩ききった。その先に得られるものは、何もありません。
そこで教員が、わざと誘い水を向けます。そんなことをして、何が楽しいのか、意味があるのか、と。生徒が自分の言葉で価値を語れるか、試したのです。すると、生徒のひとりがこう言い返しました。
「無価値だからいいんです。何も得るものがないから、大事なんです」
役に立つことは、これからの時代、AIがやってくれる。だからこそ、無価値とされるものに自分たちで価値を見いだし、楽しみ、乗り越えていく。岡内さんが起業家精神と呼ぶその力を、生徒は自分の言葉にしてみせた。狭い物差しではじかれてきた子どもたちが、その物差しごと笑い飛ばす言葉を、自分の口で返してきた。岡内さんは「この子らの10年後は、たくましいだろうな」と、顔をほころばせます。
褒めるとは、気づくこと
青楓館が、世の中のふつうの学校といちばん違うところ。岡内さんは、迷わず「承認」と答えました。
多くの子どもは、部活か学力でしか認められる機会がなく、慢性的に承認が足りていない。けれど青楓館に来ると、いろいろな角度から褒められる。
朝起きるのが上手い。笑顔がいい。絵が上手い。議事録を取るのが上手い。教員たちは、そうした一つひとつに気づき、声をかけていきます。
「褒めとは、気づきである」
大げさに持ち上げることではなく、その子のささいな変化や行いに気づくこと。「髪を切ったね」の一言が嬉しいのは、褒められたからではなく、見てもらえていると分かるからです。気づいてもらえること、それ自体が、子どもにとっての承認になる。だから青楓館の教員には、何よりも気づく力が求められます。

それでも、見捨てない
もちろん、いい話ばかりではありません。相手はまだ未成年です。こちらが100パーセントの思いで寄り添っても、悪意となって返ってくることもある。岡内さんは、入社初日に全教員へこう伝えているそうです。こちらの思いが伝わらなくても、それでも見捨てないのが教育者だ、と。
言葉にすれば立派ですが、実際にそういう場面に立たされれば、深く傷つくと岡内さんは正直に話します。それでも続けられるのは、報われる瞬間を知っているからです。
岡内さんにとって、うまくいかないことは、ただ傷ついて終わる出来事ではありません。どうすればこの子に伝わるのか。どうすれば心を開いてくれるのか。どうすれば、この子を社会とつなげられるのか。うまくいかないときほど、その子のことをもう一段深く考える。そうやって向き合った分は、これまで必ず報われてきました。だからこそ、その子が変わった瞬間の喜びは大きいのだ、と岡内さんは言います。
子育ては、ひとりでやるものではない
最後に、我が子のことで悩んでいる保護者へ、どんな言葉をかけたいかと尋ねました。岡内さんが挙げたのは、「自愛」という言葉でした。
我が子のことで悩んでいるお母さんほど、つい自分を責めてしまう。私の育て方が悪かったのではないか、と。けれど、と岡内さんは言います。そうやってお母さんが思いつめるほど、その姿はかえって子どもを傷つけてしまう。だからまず、自分を責めるのをやめてほしい。
そして岡内さんが何より力を込めて伝えるのは、お母さんへのまっすぐな肯定です。あなたは、もう十分すぎるほど頑張っている。子どもへの愛情も、十分すぎるほど伝わっている。足りないものなど何もない。だから、どうか自分自身を大切にしてあげてほしい……。
我が子のために走り続けてきた人にこそ、岡内さんはその言葉を向けます。お母さんが自分らしく、穏やかにいられること。それが結局は、子どもがいちばん安心できる土台になるからです。
そのうえで、岡内さんはこう続けました。
「ひとりで子育て、教育をするのは、とても難しいことです。おじいちゃんやおばあちゃん、親戚、いい先生、お父さん、いろんな人の助けがあって、ひとりの子を育てるものだと思っています。その学校役に選んでいただけるとうれしく思います」
子育てがうまくいかないのは、親だけの責任ではない。そもそも、ひとりで抱えること自体に構造的に無理がある。十分に頑張っているのだから、できないことを責めず、頼っていい。岡内さんは、そう伝えていました。
入学を迷う保護者の背中を、最後に押すものは何か。岡内さんは、合格率のような数字ではなく、「この先生になら預けられる」という期待だといいます。そしてそれは、言葉ではなく態度で示すものだと。
学校をつくるという大きなことを人生を賭けて引き受ける覚悟。不登校などの課題を保護者と一緒に背負う覚悟。青楓館の教育を「王道」だと言い切る覚悟。岡内さんは、いくつもの覚悟の上に立っています。それを声高に語りはしません。ただ、言葉の裏に静かに通っているだけです。
親と同じくらい、ときには親とは別の視点から、我が子のことを真剣に考えてくれる人がいる。親はどうしても近すぎて、見えにくくなる部分があります。だからこそ、少し離れた場所から子どもを見られる存在が要る。そう思える場所でありたいと、岡内さんは語ってくれました。




