総勢約5万人の大企業。
そのトップに立つ人と、進路に迷う高校生。共通点なんて、なさそうに思えます。
でも今回お話を伺って、驚くほど重なる部分がありました。悩んでいたこと、進路の決め方、そして「当時は自分の将来が見えていなかった」ということ。

共通点① 悩みのほとんどは、野球部での日々の練習だった
==生徒==
高校生の頃は、何に悩んでいましたか。
==北村さん==
ずっと野球をやっていました。当時はいわゆる「根性野球」で、毎日のように監督から怒られて、プレッシャーをかけられて。厳しく叱咤されていたのです。
だから、ずっと「監督を見返してやりたい」と思っていました。
==生徒==
試合のときも、そうだったのですか。
==北村さん==
そうです。相手と試合をしている気がしないのです。ずっと監督と試合をしている感覚で、「監督に何か言われないように」って。褒められることは、ほとんどありませんでしたね。
今でも覚えているのが、ノックの練習です。「100本連続で取らないと終わらない。しかも全員が取らないと」と言われて。誰かが90何本目で落とすと、また1本目から。
やっているうちに夜になって、真っ暗でボールが見えなくなるのです。そのときに何と言われたと思います?
==生徒==
……なんて言われたのですか。

==北村さん==
「心の目で見ろ」って(笑)。
でも不思議なもので、集中していると音でボールの場所がなんとなく分かるのです。暗くなると、カサカサという音を頼りにボールを取って、なんとか100本やり切りました。
==生徒==
その経験は、今につながっていますか。
==北村さん==
つながっていると思います。社会人になってからも、いろんな上司がいましたが、私はあまり「理不尽だ」と思ったことがありません。
理不尽なことは、高校時代に散々経験しましたから。逆に言うと、あれで耐性ができたのかもしれません。
共通点② 進路を決めたのは、立派な志望動機があったわけではなかった
==生徒==
これまでの選択で、「これは正解だった」と思う決断はありますか。
==北村さん==
NTTに就職したことです。これが自分にとって、一番良かったと思っています。
でも実は、最初から志望していたわけではないです。大学は仙台でしたが、就職はできれば東京で、まったく違う会社に行きたいと思っていました。
==生徒==
そうだったのですか。
==北村さん==
ええ。でも私は長男なので、親は福島に帰ってきて、県庁のような地元の職場に勤めてくれるものと思っていたみたいで。
その話をしたら、母親に電話口で泣かれてしまって。「お前、帰ってこないのか」って。あれは、参りましたね。
==生徒==
……そこからNTTに?
==北村さん==
ちょうどそのとき、NTTからは「勤務地は、たまに東京の本社に行って、また東北に帰って仕事をすることになりますよ」と言われました。
それで、「じゃあNTTにしよう」と。NTTに入社した決め手は、そのような理由でした。
でも結果的に、自分にすごく合っていました。企業らしい企業というよりは、社会のために頑張る会社だったので、自分の性にもすごくマッチしていました。もし違う選択をしていたら、今どうなっていたのだろうと思うくらい、大きな選択でしたね。

共通点③ 「自分の将来」が、見えているわけではなかった
==生徒==
学生時代、将来についてはどんなことを考えていましたか。
==北村さん==
その意味では、あまり考えられていなかったですね。なんとなく「サラリーマンの人生かな」と。起業しようとか、当時はまったく考えていませんでした。
代わりに、バイトを100種類近く経験しました。
==生徒==
100種類!?
==北村さん==
「社会がどんな風になっているのか、肌で感じたい」と思っていたのです。だから、普通のバイトから、誰もやらないだろうというものまで、片っ端から。
高層ビルの窓拭きもやりましたし、選挙の応援で候補者の運転手のようなこともやりました。1週間で辞めてしまったバイトもあります。
当時はやりたいことが何なのか分からなかったから、それを探すためにいろんなバイトをしていた、という感じです。

==生徒==
新卒から社長になられた方に、どうしても聞きたくて。どうやったら、社長になれるのですか。
==北村さん==
実は、社員にもよく聞かれます。嘘くさく聞こえるかもしれませんが、自分が社長になるなんて、本当に思っていませんでした。
とにかく、目の前の仕事を終わらせないと帰れませんでした。今では考えられませんが、夜中の2時、下手をすると3時4時まで仕事をして、帰ってシャワーを浴びて、また会社に来る、そんな毎日でした。
自分の先のことを考える時間なんて、なかったですね。
==生徒==
では、何が今につながったのでしょうか。
==北村さん==
目の前の仕事を一つひとつ、しっかりこなしていったことだと思います。
ただ、「与えられた仕事は、与えられた以上のものを出す」ということは、常に思ってきました。その積み重ねが、今に至っているのだと思います。

==生徒==
大きな転機になった出来事は、何でしたか。
==北村さん==
1年浪人したことです。野球ばかりやっていて、勉強は全然だめだったので。東京で浪人生活を過ごしました。都会に憧れていたのです。
行ってみたら、周りがみんな優秀なのです。いろんな友達に恵まれて、そういう人たちと話していると、「自分はもっと成長しなくちゃいけない」と思えました。
人生で一番勉強したのも、あの1年です。寝る時間と食べる時間以外は、ずっと勉強していました。浪人時代の経験で、少し世界が広がったのかなと思います。
==生徒==
視野が変わった、ということでしょうか。
==北村さん==
そうですね。私は福島の田舎者だったので、「世の中にこんなに素敵な世界がある」ということを、まったく知らなかったのです。
高校を出たら大学に行って、卒業したら会社に就職して、家庭を持って……。そういう一生を送るのが普通の世界だと思っていました。
でも東京に出たら、「僕は学者になりたい」「宇宙飛行士になりたい」という人たちがたくさんいました。だから、もっと早く視野を広げられたら良かったなと思います。

==生徒==
いま、教育や学校に期待することはありますか。
==北村さん==
生徒たちの自主性を、もっと後押ししてあげてほしいと思います。もっと言うと、「大風呂敷を広げる」くらいの人を育ててほしいです。
大風呂敷というのは、「この国をもっとこんな風にでかくするぞ」とか、「日本版Googleを作るぞ」とか、そのくらいの大きな夢のことです。そういう子が、これからの日本を背負って立つと思うのです。
能力が高いか低いかじゃないのです。そういう”思い”を持つことが、すごく大事です。思いがないと、一歩は踏み出せませんから。
高校生へ:「遅すぎる」ことはない
==生徒==
でも、「自分が何をしたいか分からない」という人も多いと思います。
==北村さん==
そうですね。うちの社員にも「教えてください」と言われることがあります。「こんな仕事もあるよ」と例を挙げることはできるけれど、結局、自分が何をやりたいのかという思いを持たないと、一歩は踏み出せないのですよね。
逆でもいいのです。「自分の強みはこれだから、これを活かせるのはこの仕事だ」という考え方でもいい。実際にやってみて、違ったなと思ったら、また変えればいいのです。
第一歩を踏み出さないと、ずっと悶々としたままになります。若いうちのぐっと伸びるタイミングで悶々としていると、なかなか成長できない。だから、何でもいいから、まずやってみる、それがすごく大事な気がします。

==生徒==
いま進路に迷っている高校生に、伝えたいことはありますか。
==北村さん==
気づくのに、遅すぎることはないと思うのです。
私自身、そういうことに本当に気づいたのは、30歳ぐらいになってからです。それでも、「自分にはこれが足りない」という自覚だけはありました。「人より教養が足りないのじゃないか」と。
「もうちょっと賢くなろう」という思いを持っていると、どこかで何かがパッと開けるのです。
高校のときに分かることもあるかもしれないし、大学生になってから分かることもあるかもしれません。チャンスは、意外とたくさんあるのだと思います。でも、その思いを持って過ごしているかどうかで、見つけられるかどうかが変わってきます。
そういう意識を、ずっと持っているといいのではないかなと思います。
==生徒==
北村さん、本日は貴重なお時間をありがとうございました。
編集後記
悩んでいたこと。なんとなく決めた進路。見えていなかった将来。
総勢約5万人のトップと私たちの間にあったのは、才能の差ではなく、「気づいたタイミング」の差だと感じています。そして北村さんは、こうも言います。遅すぎることはない、と。
「思いがないと、一歩は踏み出せない」
まだ何者でもない私たちにとって、これほど心強い言葉はないのかもしれません。



