子どもが学校にいけなくなった。そのときにできることは、突き詰めればふたつだけ。

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「正しい」のはわかってる

子どもが学校に行けなくなったこと。それを勇気を出して誰かに打ち明けたとき、返ってくる言葉は、だいたい決まっています。

「今は多様性の時代だから」「個性を尊重してあげたら?」「見守りましょう」「無理に行かせなくてもいいんじゃない?」。

どれも、間違っていません。正しいのだと思います。

でも、その言葉を聞くたびに、胸の奥が少しずつ冷えていきませんか。多様性。個性。見守る。……で、うちの子は、明日からどうすればいいんでしょうか。

誰も、その先を言ってくれません。

「多様性とか個性とか言われても、困るんだよね」。口には出しにくいその本音。それは、あなたが冷たいからではありません。この子の人生を、誰よりも真剣に考えているからです。

一般論はこの子の人生に責任を持たない

たしかに、多様性の時代になりました。違いを認めよう、と社会は言います。それ自体は、良い変化なのでしょう。

けれど、「認められること」と「生きていけること」は、別の話です。

社会は認め合い共に生きる場であると同時に、競争の場でもあります。AIの登場で、その競争はむしろ激しくなっています。どれだけ優しい社会になっても、走り続けている人たちがいる限り、その差は埋まらないのです。

近年、寄り添ってくれる場所は増えました。学校に行きづらい子のための学びの場。特性に配慮した支援のしくみ。それ自体は、必要なものです。ただ、そこでひとつ、問わなければならないことがあります。

その場所は、その子の「その先の人生」まで、一緒に支えてくれるのか。

「認めてあげましょう」と言う人が、この子の10年後に責任を取ってくれるわけではありません。優しい言葉が、かえってこの子を小さな枠のなかに収めてしまうことさえあります。

あなたが感じてきた違和感の正体です。

一般論として正しいことと、目の前のこの子がこの先どう生きていくのかは、別の問いなのです。

社会全体の話は、社会に任せておけばいい。あなたが答えを出したいのは、後者のほう。この、たったひとりのあなたの子の話です。

あなたが悪いのではありません

一方で、あなたは、自分を責めてもいるはずです。

つい、強い言葉をぶつけてしまう。「いつまで寝てるの」「ゲームばっかりして」。言ってしまってから、後悔する。本やネットには「厳しくしてはいけません」と書いてある。ああ、また間違えた、と。

でも、考えてみてください。いまの高校生の親には、就職氷河期を生き抜いてきた世代が少なくありません。勉強するのが当たり前で、甘えなど許されない時代を、自分の足でくぐり抜けてきた。その基準に照らせば、あなたはもう、十分すぎるほど寄り添っています。それでも「まだ足りない」と言われ続けるのが、いまの子育てです。

そして、もうひとつ、知っておいてほしいことがあります。

親は、わが子のことを、こう思いがちです。「この子は学校に行きたくないと思っている」「この子には社交性がない」「やりたいこともない」「ゲームしかしない」。

実は、その多くは誤解です。子どもは、学校に行きたくないわけではありません。むしろ、「普通」じゃない自分に、誰よりもコンプレックスを抱えていることも少なくないのです。本当は友達が欲しい。できることなら、学校にも行きたい。でも、「行ったらどうなるか」「友達を作ったらどうなるか」を先回りして考えすぎて、「何もいらない」と心を閉ざしているだけ。そういう子が、たくさんいます。

では、なぜ親の目には、そう映らないのか。わが子のことを一番わかっていると思っているから。この子の将来を、誰よりも真剣に考えているからです。

それは、いわば「愛ゆえの誤解」です。愛が深いほど、「この子はこういう子だ」という決めつけは強くなり、気づかないうちに、可能性のほうを閉じてしまう。

だから、あなたが悪いのではありません。愛し方を、少しだけ持て余しているだけです。

強い言葉をぶつけてしまった日のことも、責めすぎなくていい。親子とは、そういうものです。理不尽のひとつやふたつ、親なら口にしてしまいます。大事なのは、その先です。お母さんが地雷を踏んでしまったら、お父さんが受け止める。おじいちゃんおばあちゃんが、先生が、家の外の大人がフォローする。

親がうっかり地雷を踏んでも、リカバリーしてくれる第三者がいれば、家庭は何度でも立て直せます。

ひとりで、完璧な親であり続ける必要はないのです。

親にできることは突き詰めればふたつ

では、親はなにをすればいいのか。特別な声かけの技術でも、心理学の勉強でもありません。

親にできること、すべきことは、「子どもを承認すること」と「家を安全地帯にし続けること」。突き詰めれば、このふたつです。

そして、それ以外の「動かすための仕掛け」は、家の外に頼っていい。順番に説明します。

1

子どもを承認する

「直そう」とする前に、いまのその子を、いったんそのまま認める。学校に行けたかどうかではなく、今日は起きられた、少し話してくれた、ごはんを一緒に食べた。その小ささを、ちゃんと見ることです。

人が変わるには、段階があります。熱を出して寝込んでいる人に、スポーツドリンクではなく参考書を持っていったら、心を閉ざされるだけです。見た目は高校生でも、いまつまずいている場所は、もっとずっと手前かもしれません。

「もう高校生なのに」という物差しを、いったん置く。いまいる段を認めることが、次の一段をのぼる力になります。

2

家を安全地帯にし続ける

家が安全地帯でありさえすれば、何度でもやり直しがききます。逆に、家でまで責められ、頑張りを求められると、子どもは心を閉ざし、次の一手そのものが打てなくなります。

家のなかを、評価される場所にしない。ここに帰ればひとまず安心できる、という状態を守り続ける。

それだけで、外の世界へ向かうためのエネルギーは、少しずつ、確かに溜まっていきます。

3

「動き出すきっかけ」は、外の力を借りる

なにがきっかけで子どもが動き出すかは、正直、試してみないとわかりません。学校のパンフレットをそっと居間に置いておいたら、自分から「ここ、面白そう」と言い出した。親だけが先に説明会へ行ってみた。声をかける人を変えたら、すっと動いた。実際に、そんな例がいくつもあります。

この「二の手、三の手」を、全部家庭のなかでやろうとしなくていいのです。そこは、伴走のプロや、家の外の信頼できる大人の出番です。

親は、安全地帯を守る。仕掛けは、第三者に任せる。そう役割分担して、いいのです。

「正しさ」に苦しんできた、あなたへ

一般論は、これからも、あなたの周りで語られ続けるでしょう。多様性。個性。見守りましょう。その言葉にうなずけない夜も、きっとまたあります。

うなずけなくて、いいのです。あなたが引き受けているのは、社会全体の一般論ではなく、この子ひとりの人生なのだから。

最後に、ひとつだけ。

この記事では、「子どもを承認すること」が親の仕事だと書きました。でも、本当は、承認を必要としているのは、子どもだけではありません。愛があるから、悩んできた。愛があるから、ときに自分を傷つけてきた。あなたのその時間も、誰かにちゃんと認められていいものです。

だから、あなた自身の話を聞いてくれる相手も、どうかひとり、持ってください。それもまた、家の外の「第三者」の大事な役目です。

答えは、一般論のなかにはありません。この子と、あなたと、伴走してくれる誰かとのあいだで、個別につくっていくものです。

そしてその答えは、ちゃんと、つくれます。

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この記事を書いた人

「フライングペンギン」は、今を頑張る高校生へ社会人からのエールをお届けするためのメディアです。「高校生にエールを、がんばる今に可能性を。」をコンセプトに「①高校生に寄り添う、②新しい社会・大人を届ける、③読み終わった後に「がんばろう」と思える」の3つを大切に運営しています。

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