「子どもの個性を認めよう」という言葉に、うなずけない夜があっていい
世の中では、多様性が大事だと言われます。一人ひとりの個性を認めよう。違いを受け入れよう。子どもの「らしさ」を尊重しよう。それは、たしかに、正しいのだと思います。
でも、あなたは知っている。自分の子どもを、いつまでも自分が守ってあげられるわけではないということを。ずっと面倒をみてあげられるわけではないということを。そうしたい気持ちは、もちろんあります。そんな気持ちがないわけがない。でも、物理的に無理なんです。それが、わかってしまっている。
世界は、世間は、多様性だとか包摂だとか言います。でも、じゃあ、わたしの子どもを、一生このままでいさせろっていうのでしょうか。このままいさせてくれるのでしょうか。わたしが面倒をみられなくなったとき、あなたは、世界は、この子を守ってくれるんですか。
たぶん、無理ですよね。
そんなことを世間に求められないことは、わかっている。だから、口うるさくもなるんです。ゲームばかりやっている。学校にも行けない。つらいんでしょう。個性なのかもしれない。でも、それで、これから先、やっていけるの——。
なんでもその子の個性だって、認めろって、そんなことは言えないんです。困ってほしくないから。本心から、幸せになってほしいから。
あなたは、正しい
あなたは、正しい。100パーセント、正しい。
世間が言っていることも、たぶん、正しいんです。「みんなちがって、みんないい」。一人ひとりの個性を尊重しよう。多様性を認めよう。一般論として、社会全体の方向性として、それは正しい。
でも、一般論として正しいことと、目の前のこの子がこの先どう生きていくのか、という問いに答えることは、別の話です。
「みんなちがって、みんないい」の、その先がない。じゃあ、この子は、具体的にどうやって生きていくのか。何で食べていくのか。親がいなくなったあと、誰がそばにいるのか。その個別の問いに、世間の言葉は、答えてくれない。
あなたが感じているのは、その「答えてくれなさ」への、まっとうな苛立ちです。一般論の正しさに包まれて、個別の問いが置き去りにされていることへの、当事者としての違和感です。
あなたが引き受けている責任、あなたが感じている心配、あなたが眠れない夜に考えていること——その全部が、正しい。
そして、その心配に応える、具体的な方法は、たしかに、あります。一般論ではなく、個別の問いに答える方法が。
ここから先は、その話をします。

子どもの「居場所」を、ひとつにしない
子どもが今、苦しいのは、行ける場所が少ないからです。学校がしんどい。だから家にいる。でも家にずっといるのも、本当はしんどい。逃げ込める先が、家しかない。だから、家から出るのも怖くなる。
この状態を変えるためにいちばん大切なのが、子どもにとっての「居場所」を、ひとつではなく、複数つくっていくことです。
学校以外の場所で、子どもが「自分はここにいていい」と感じられる時間を、少しずつ増やしていく。ひとつの場所で全部を満たそうとせず、分散させる。ここで少し笑える。ここで少し落ち着ける。そういう小さな「いていい場所」が、いくつか積み重なっていくと、子どもは少しずつ、自分の輪郭を取り戻していきます。
具体的には、こんな方法があります。一般論ではなく、実際に効いているものとして、いくつかを紹介します。

そして、進路はちゃんと開ける
ここまで五つの方法を紹介しましたが、大事なのは、このうちのどれかひとつを選ぶことではありません。複数を、少しずつ組み合わせていく。週に一回、誰かと一対一で話す時間。週に二回、自分のペースで通える場所。月に何回か、自分の「好き」を社会と接続する活動。学校以外で出会った同世代の友人。こうした小さな「いていい場所」がいくつか重なると、子どもは自分の足で立てるようになっていきます。
そして、ここからが、いちばんお伝えしたいことです。
こうしたかたちで高校時代を過ごした子どもたちの進路は、ちゃんと開けている。
これは、知っておいてほしい事実です。
「学校に毎日行けなかった子」が、大学に進む時代
かつては、毎日学校に通えない子の進路は、限られていました。今は、まったく違います。
通信制高校やサポート校から、関西学院大学、立命館大学、同志社大学、近畿大学といった関関同立・関西の有名私大、広島大学のような国公立、立命館アジア太平洋大学のような国際系の大学に進学する子は、もう珍しくありません。海外の大学に直接進む子もいます。
「毎日通える」ことと「学力がある」ことは、別の話だからです。自分のペースで学び、自分の興味を深め、信頼できる大人と進路を一緒に設計する。この組み合わせができれば、進路は確実に開けます。
こうした学校では、進路決定率が九割を超えるところも珍しくありません。全日制の平均と比べても、決して見劣りしない数字です。
「好き」を語れる子のほうが、むしろ強い時代
大学入試のかたちも、この十年で大きく変わりました。かつての一般入試一辺倒の時代は、もう過去のものです。今は大学入学者の半分以上が、総合型選抜(旧AO入試)や学校推薦型選抜で進学しています。
そして、この入試で問われるのは、ペーパーテストの点数ではありません。「自分は何に興味があり、何をしてきて、これから何をしたいのか」を、自分の言葉で語れるかどうか。
ここで、いままで「ゲームばかり」「絵ばかり」「動画ばかり」と心配されていた子が、強くなります。
好きなものに没頭してきた経験。学校に行けなかった時期に、自分と向き合った時間。「普通」のルートから外れて、自分なりに考えてきたこと。これらすべてが、語るべき素材になる。
「みんなと同じことを、みんなと同じようにやってきました」という子よりも、「自分はこれが好きで、これに時間を使ってきて、こう考えています」と語れる子のほうが、いまの入試では評価されます。
志望理由書を一緒に磨いてくれる場所、小論文や面接の練習をしてくれる場所、自分の体験を言語化する手伝いをしてくれる大人。こうしたサポートがある環境を選べば、お子さんの「好き」は、進路につながる確かな武器になります。
就職も、海外も、起業も
進路は、大学だけではありません。高校時代に投資を実際にやってみた経験から、金融機関や証券会社に進む子。商品開発のプロジェクトに関わった経験から、企業のマーケティング部門に新卒で採用される子。アートや音楽の活動を続けて、専門学校から業界に入っていく子。高校生のうちに小さく起業を経験して、そのまま事業を続ける子もいます。
海外大学への進学も、想像以上に開かれた道です。マレーシア、韓国、欧米——日本の大学より学費が安い場合もあり、英語力がそこまで高くなくても受け入れてくれる協定校制度もあります。
「普通の高校から、普通に大学に行く」だけが進路ではない、という時代に、本当になっています。

あなたの心配は、報われる
冒頭で、あなたは問いかけていました。「わたしが面倒をみられなくなったとき、この子はどうやって生きていくのか」と。
その問いへの答えは、こうです。居場所を分散させ、信頼できる大人を増やし、自分の「好き」を社会と接続させてきた子は、結果として、自分で自分を支えられるようになります。学校という一本道を外れることは、進路を閉ざすことではない。むしろ、いまの時代は、その回り道のなかで身につけた力が、進路を開きます。
大学にも進める。就職もできる。海外にも行ける。起業も選べる。何より、自分の人生を自分で選びとる力が、ちゃんと育つ。
そういう実例は、すでにたくさんあります。新しいかたちの教育を選んだ子たちが、確かな進路を切り拓いている。これは、希望的観測ではなく、いまの現実です。
世間の言う「多様性」は、一般論としては正しくても、目の前のこの子の未来を保証してくれません。
でも、あなたが、子どものために居場所を増やし、信頼できる大人を探し、お子さんの「好き」を肯定してくれる場所を選んでいくこと。それは、世間が言う多様性ではなく、あなた自身の手で、その子のために用意する、本当の意味での「複数の道」です。
その道は、ちゃんと、つくれます。そして、その先には、ちゃんと、出口があります。



